HOME >山本清掃の歴史

沿革

 山本清掃の沿革

一、玉井の親方

昭和24年 先代である創業者がこの仕事を始めるにあたり、当時 祇園地区(一力、南座、永楽屋、祇園甲部)の塵芥処理を受け持つ「玉井」の親方にお世話になりました。

玉井家は、江戸の末期、皇居がまだ京都にあった頃から、塵芥処理業を生業とする名門で、当時は三代目の彦左衛門(明治10年生 1961没)がその当主を務められていました。

京都の街に疎い先代は、懸命さだけが取り柄で、狭いとは言われる京都の街...しかしながら当時 片曳き車を人力で引っ張りながら塵芥を集めるには、とてつもなく広く感じられたようです。
体力を酷使する仕事に、何度も根をあげそうになったのを支えてくれたのが、お客様からの「ありがとう」の言葉であったと聞きます。その言葉に支えられ、頑張る仕事ぶりを見て、玉井の親方が仕事の権利を与えてくれたそうです。

ニ、大幸の親方

新京極を中心塵芥処理を受け持つ「大幸(おおさち)」の親方は戦後、進駐軍を相手に裏寺町でダンスホールも経営する、「やり手」でした。
この地でも、先代の仕事ぶりが「大幸」の親方から認められ 京極、新京極、寺町、六角、河原町といった、京都中心部の仕事の権利を譲り受けることになりました。

創業以来、当社を支えてくださっているお客様も、この京都で何十年、中には100年以上にわたり、様々な時代のうねりを乗り越えながら、商いを続けていらっしゃいます。
私たち山本清掃は、そんな京都の人々の営みを支え、支えられながら今、ここに存在しています。

60周年記念ムービー
株式会社ヤマモトホールディングス
ページの先頭へもどる
Copyright © 2010 産業廃棄物収集運搬処分業 京都・山本清掃. All Rights Reserved.